2009年09月14日

神様と共にある言葉

所属教会の礼拝に参加しました。

ヨハネによる福音書1章1〜2節

「 初めに言があった。
  言は神と共にあった。
  言は神であった。
  この言は初めに神と共にあった。」


正しい言葉は、人を愛し、生きる力を与えてくれますが、
間違った言葉は、人を苦しめ、時として死にまで
至らしめます。

日々の生活の中で、果たしてどれだけ
「神様と共にある言葉」を使っていることでしょうか。


「いつ生命を懸けてみ言を伝えたことがあるか。」
(み旨の道 429P)


私自身、日々の生活に追われ、どれだけ本気で
み言葉を伝える努力をしているだろうかと
悔い改めさせられます。

10/1、日本でも文鮮明先生の自叙伝出版記念
祝賀会が行われ、いよいよ文先生の自叙伝を
中心とした伝道活動がスタートするにあたって、
私達自身の内的な再出発を促された礼拝でした。

実は今日は、礼拝開始ギリギリに行ってしまった
のですが、席が前の方しか空いてなくて、
やむなく(?)説教者の目の前で参加させて
頂きました。

こういうのって、意味があるのでしょうね。

説教者の波動が、直接痛いほど伝わってきまして
悔い改めさせられました。
posted by kei at 15:26| 東京 ☀| Comment(4) | 礼拝の恩恵 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月18日

礼拝参加--文亨進会長の21000拝敬礼

今週の日曜日、所属の渋谷教会の礼拝に参加しました。

礼拝の前に、文亨進世界会長の21000拝敬礼条件をされた
時のDVDを拝見しました。

教会からの公文で、文亨進会長が21000名の天福宮建設
のために、21000拝の敬礼条件を立てておられる、
とは聞いていたのですが、私はその時は、申し訳ないですが、
客観的にしか捉えていませんでした。

しかし、肉体の限界を越えて精誠を尽くされるお姿や、
「真の御父母様、申し訳ありません」と
慟哭され祈られるお姿は、食口としては
涙なくしては、見ることのできないものでした。

  七死復活

  八段完成


と揮毫されたみ言葉が、心に響きました。
(真の父母様が、八段階の勝利をされるために
七度死を越えられたという意味だそうです。)

東京地区全体でも、天福宮建設のためのリレー条件が
始まったとお聞きし、個人としても条件を立て、
摂理に共に同参してゆきたいと思いました。
posted by kei at 14:03| 東京 ☀| Comment(1) | 礼拝の恩恵 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月28日

礼拝に参加して感動したこと

先日の日曜日は、仕事で新宿中央教会への礼拝に
参加させて頂きました。

行って驚いたのは、教域長自らが玄関にたって
来た教会員全員に挨拶し、握手をされていたこと。
今まで仕事で、全国の教会へ訪問しましたが、
こういったことは初めてで、小さいことですけど
何だか感動しました。

韓国人の安教域長さんという方でした。

説教の題目は、

「後天時代と真なる信仰」

自分の家庭=神様が与えた家庭
信仰するに良い環境として神様が与えて下さった。
祈祷・訓読・敬拝……等の信仰条件は、
私の家庭に実を結ぶように準備されている。


という話しが心に残りました。
恵みを受け、良い一週間を出発できそうです。
感謝です。
posted by kei at 16:40| 東京 ☀| Comment(1) | 礼拝の恩恵 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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