2011年12月11日

震災の中で学んだ「為に生きる」



今日は、所属教会の教会学校の礼拝に参加しました。

子供達を連れて参加し、親も後ろで説教を聞きますが、
意外と大人の礼拝以上に恵みを受けたり気付きを
得ることがあります。

今日の教会学校礼拝の説教より。

3月11日に東日本大震災が起きて、今日でちょうど9か月です。

先日、文部省の所轄の勉強会に参加して、
被災地の子供たちの
学習発表を聞く機会がありました。

大震災の直後は、津波によって住処も家財道具も
すべて失い、救援物資が届くまでの期間、
毎日毎日生きるだけで精一杯の期間が続きました。

大震災.jpg

毎日、物に恵まれた現代の日本では、通常は
到底考えられないような状況です。

そんな中、子供達も津波で流されてきた家屋の中から、
食べ物を探し出しては、食していたそうです。

厳密に言えば、窃盗なのかもしれませんが、
生きるためには、当然私もそうやったことでしょう。

ところが、やはりそうして毎日過ごしていると、
気持ちがだんだん暗く、すさんでくるのが
自分でも分かったといいます。

やがて救援物資が届くようになり、ボランティアの人が
現地に入るようになってから、子供達も
「何か自分達でできることはないか?」と考えました。

そこで、水や食料を運んだり、
がれきを片付けるのを手伝ったりしているうちに、
気持ちがだんだん明るく、
希望的になったといいます。

「人は、他人のためにいきること」によって
喜びを得られるという事を、身を持って痛感した、と
被災地の小学生が語っていたそうです。

私達は、毎週、教会学校へ通って
神様の教えを勉強し、信仰生活をしています。

それは、何のためでしょうか?
考えたことがありますか?

それは、他の人のために生きる「愛の実践」をできる
自分自身となるためです。
それが、神様に喜ばれると共に
自分自身の本当の意味での幸せに繋がるのです。

一年ももうすぐ終わりますが、これからもそのことを
忘れないで、日々過ごしてゆきましょう。

応援して下さりありがとうございます。(^0^)
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posted by kei at 21:29| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 礼拝の恩恵 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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