2010年11月13日

神様に至る道


先日、ある講話でこんな話を聞きました。
人間が神様に至るには、決まった道があるというのです。

例えば、子供の場合。
子供が、目に見えない神様を認識することは不可能です。
では誰を通じて神様を感じることができるかといえば、
自分の両親の愛を通じて、感じることができるのです。

illust.gif

子供の時に正常な親の愛を受けてこなかった人は、
教会に来てもなかなか神様の事を実感できません。

私の知り合いの教会員は、真の父母様は敬愛していましたが、
自分の両親の事は大嫌いでした。
自分の親を愛せなかった彼は、残念な事に、それから
ほどなくして信仰の道を離れました。

自分の親を愛せないと、
その背後にある神様を愛せないというのです。

文先生のみ言葉に、
「個人・家庭・氏族・民族・国家・世界」とありますが、
これはまさに神様に至る順番を示していると聞きました。

つまり、自分の氏族・民族・国家を愛せないで、
神様に至ることはできないというのです。

自分の親、親族、地域社会や国家を愛するということが、
統一教会員にとっても、大事であることが理解できます。

キリスト教を迫害してきた日本が、復帰摂理の過程の中で、
「サタン側の国家」として位置づけられることはあったとしても、
統一食口が自国のことを愛さないのは間違っています。
もちろん、民族主義のような低次元なナショナリズムに
走ってはなりませんが。

応援して下さりありがとうございます。(^0^)
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posted by kei at 17:32| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 心に残るみ言葉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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